生徒指導の範囲はどこまで?SNSとの付き合い方

こんばんは。

連日の更新すみません…。生徒指導がテーマの校内の教員研修でSNSについてのお話を聞いたので,備忘録として書きます。

 
全2日ある教員研修,今年のテーマは「生徒指導」でした。大きすぎる…と思いつつも初任者なので大人しくしてました。
 
1日目の今日は,
まず校長先生と生徒指導課長の先生から最近の生徒指導上の問題についてお話
6〜7人の小グループに別れて「社会規範を身につけさせるためにはどのような取り組みが必要か」といった曖昧なテーマについて討議
株式会社ガイアックスの方によるSNSのトラブルや学校側の対応例についての講演
という流れでした。
 
グループ討議に入ったところで,私のいたグループでは「服装やマナーは永遠のテーマ」として一旦横に置き,SNSについて話し合うことに。司会の先生にいきなり「じゃあまずSNSについて最年少のmaico先生からお話を…」と振られ,LINEやらTwitterやらFacebookやらについて説明。私より全員年上だった同グループの先生方はLINEのシステムがいまいち分かっておられなかったらしく,「無料なの?」や「1回送ったら連絡先知ってる人全員に送れるの?え,グループってそういうことじゃないの?」といった,私にしてみればかなり基本的なところから質問されました。
 
明日討議での結論について発表する場があるので,「外部の方に講師をお願いして生徒にSNSの危険性を周知する集会を開く」や「保護者の方にSNSについての注意を喚起する文書を送る」「携帯電話の使用時間や使用方法について客観的に考えるための機会(記名式アンケートなど)を設ける」などといった改善策をグループで出しました。
 
 
でも,その後の講演を聞きながらも思ったんですが,学校がそこまで介入するべきなんでしょうか??
 
 
確かにSNSなどの使いすぎで睡眠不足の生徒もいますし,友人間のトラブルも起こってます。でも,勤務校では学校内での携帯電話の使用を禁止しています。つまり,SNSなどに関するトラブルは全て通学時間を含めた家庭内での時間に起きています。勤務校は結構校則が厳しいので,校外補導や必要な際は電車内補導なども行っています。ですが,そういった時に違反している生徒を注意できるのは,制服を着て明らかに校則違反をしているからです。そうでないことについては正直関与のしようがありません。SNSも本来はそういう領域のものな気がするんですよね。「ご家庭内で起きたことはご家庭で対応してください」と書くと冷たいですが,それが基本だと思います。
 
ですが,保護者面談をしていると保護者の方に「ずっと携帯電話を持ち歩くんですが,何してるんですか?今の子はあれが普通なんですか?」と聞かれたり,「家に帰ったらひたすらパソコンに向かってるんです」と嘆かれたり,ご家庭で注意しても中々直らない様子が伺えます。
 
「家庭との連携を密にして,使用時間を制限しましょう。講演をして,メディアリテラシーを高めましょう。」と,言うのは簡単です。実行するのも多分難しくはないです。
でも,それで生徒が変わればこんなに問題視してないですよね。
本当は家庭内で何とかして欲しいけど,そうも言ってられないから学校でも多少は動く,というのが現状です。
 
すぐにすぐは変わらないけど,伝えていくことが大事なんでしょうか。トラブルに巻き込まれて嫌でも実感,なんてことにならないでほしいです。
 
まとめると,今のところSNSについては「基本的には家庭でご指導をお願いします。ただし,情報の共有はしますし,学校でも声掛けは行います」くらいの立場をとるのが無難なんでしょうか。無難って,あまり好きな言葉じゃないですけど。
 
 
余談ですが,生徒指導についての話を聞きながら,教科指導について考えていました。私たちは生徒に色々言います。単語を覚えなさいとか,音読しなさいとか。でも,する子はするし,しない子は頑なにしません。そこで諦めたら試合終了…ではないですが,しない生徒はそのままです。だからあの手この手で褒めたりタスクを作ったりしてさせようとします。結局は「本人が気づく」しか無いんですよね。素敵な英語の授業なら「楽しんでたらいつの間にか活動してた!」って状況もありえますが,ほとんどは生徒が「単語覚えたら英語読めるわー!」みたいな実感をして変わっていく気がします。(経験が浅いので勘違いかもしれませんが…。その時はコメントください)
それと同じで,生活指導も結局「気づくきっかけ」を与えるに過ぎないと思います。罰則を作って減る分も大いにあるでしょうが,頭ごなしに言うだけでは,教師の目の届かないところに行ったらすぐ変わると思います。
「きっかけ」が作れたらそこからは楽ですが,なかなか難しいですよね。なるべく怒らず,笑顔で言うこと聞いてもらえるようにするにはどうしたらいいのかなーと悩みつつ,書き終わります。
 
 
コメント,Twitterのメンション等いただけると喜びます。
人に何か意見を言っていただいて,それをきっかけに自分の考えが変わったり広がったりする感覚がすごく好きなので。
 
8月も残り2週間,できる範囲で頑張りましょう〜。
ではでは。
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生徒指導の範囲はどこまで?SNSとの付き合い方」への3件のフィードバック

  1. 生徒の携帯(SNS)使用を主として指導すべきは、学校か、家庭か、という問題ですね。
    では、なぜmaicoさんや他の学校の方が携帯(SNS)使用を指導するのでしょうか。
    仮に、「生徒に正しい携帯の使い方を身につける(=人と直接話をする場合と、そうでない場合とを区別できる力をつける)』必要があるから」とするのであれば、主として指導すべきは学校であると思います。

    生徒は1日の大半を学校という社会空間で過ごします。我々教員は、児童生徒に社会性を身につけさせる過程で、授業を行い、生徒指導を行っていると思うのです。子どもの社会性を育てる役割は、家庭はもちろんですがむしろ学校が担い、責任を持つべきであると思います。

    私の勤務校では携帯持ち込みは許可しています。しかし、その使い方はほとんどの子どもが理解していません。顔を会わせて話をすればよいのにLINEでやりとりをしたり、隣のクラスにいる友達に電話をかけたりします。学校では人と直接話をするということはどういうことなのか、そして同時にSNS使い、直接話をしないとはどういうことなのか、を理解させたいものです。

    英語科は、社会性を身につけるのに最も適した教科だと思いますよ。
    我々の授業から、生徒指導(携帯指導)へのつながりができるといいですね。
    遠くで応援しています。一緒にがんばりましょうね。

    • 返信遅くなってごめんなさい。

      確かに人とのコミュニケーションの取り方を教えるのも,社会空間である学校の役目ですよね。
      殆どの場合,生徒がやりとりする相手は学校の友達でしょうし。
      ただ,使用時間が長いことによって生活リズムが崩れているというのも問題の一つにあると思います。
      そこに関しては学校の指導ももちろんですが,家庭内での躾の範疇に含まれるのではないでしょうか。
      単純な問題ではないので,結局は家庭と学校の連携が大切ということになるんでしょうね…。
      住み分けが難しいですが。

      生徒と話していて,「言っていいことと悪いこと」また「直接言うべきこととそうでないこと」の区別がつかなくなってる子が多いのかなぁという印象を受けます。
      そういった点を改善しようとした時,何らかの形でコミュニケーションを求める英語科が担える部分というのは大切ですよね。

      教育実習で言われた,「授業が一番の生徒指導だ」的な言葉は深いなぁと思いだしました。
      お仕事はどうですか?また色々教えて下さい。
      一回りも二回りも大きくなったあなたに会えるのがとても楽しみです。

      離れているけど,お互いがんばりましょう!

      ps.名前わろたw

  2. 学校と家庭と地域。よく言われる言葉ですよね。連携をとりながら、それぞれの持ち場で有効に支援をしていくことが理想です。私たち教師は、働く現場はあくまでも学校であって、大げさに言えば、校門から生徒が出たら、もう関知すべきではないと思っています。
    もし、そこまでかかわるのなら、中途半端ではなく、その生徒が卒業しても、しっかりかかわってあげないと、無責任というものです。
    教師が生徒にかかわれる時間は、入学してから卒業するまでの3年間だけです。卒業してからの彼らの人生に関与できる立場ではありません。
    その点をしっかり認識していれば、おのずとどこまで踏み込むべきかは簡単にわかるはずです。
    生徒が放課後、いくらSNSをしようが、バイトをしようが、デートをしようが、盗んだバイクで走り出そうが、ずっと監視して注意するわけにはいきません。
    ただ、生徒が自分で自分を律して、間違いを起こさないように学校という場で生徒たちに教えることは可能です。ただし、学校外の生活にかかわることは、保護者との共通理解があり、協力して同じ態度で接しないと、生徒は混乱をするし、全く効き目はないでしょう。
    工業高校で私が担任をしていた時は、月に一度の学級通信で私の思いを保護者に伝え、生徒には、人の道というものを折を見て話して聞かせていました。こういう話は、体育館などで全校一斉に、生徒指導の先生から話を聞く、というタイプのものでは、なかなか生徒の心に入らないものです。日頃から生徒との信頼関係ができている担任が、具体的に一人一人の目を見て真剣に伝えないと伝わらないものです。
    「あなたたちを守りたい、辛い思いをさせたくない。」という思いがあれば、言いたいことは伝わると思っています。「面倒を起こされては困る。学校の体裁が悪い。」という思いからの指導では、間違いなく反発を買うだけです。これは、保護者にも全く同じことが言えます。「お子さんを守ってあげたい。」という思いさえあれば、保護者との連携はうまくいきます。
    そうすると、結果としては、『SNSは危険なので、〇〇には気を付けよう。」という指導をクラスの子供たちに、せずにはいられなくなるものです。ほっておけるわけはありません。私が今担任を持っていたとしたら、LHRの時間や何かと時間をつくって、徹底的に話すと思います。けれど、話した後は、生徒自身とその家庭の問題なので、関知しないでしょう。
    長くなりましたが、最も気を付けたいことは、「中途半端に手を出さない」ということだと思います。保護者や地域との役割分担をしっかり守って、自分のできる範囲で動くこと。
    「良かれと思って」というのは、教師の場合単なる「自己満足」のことが多いものです。

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