「なんで英語なんて勉強するの?」と訊かれたら[みんなで英語教育第5回]

今回の記事はanfieldroad先生のブログ企画『みんなで書けば怖くない』の第5回目に参加させて頂いて書いています。

今まで読む一方だったブログ企画に自分が参加しているって,なんだか不思議な感覚です 。
今回のテーマは生徒に,『なんで英語なんか勉強しなくちゃいけないんですか?』と訊かれたら,何と答えますか」
英語教育に関わる人にとってとても身近なテーマです。なぜか私自身はあまり(ほとんどと言っていいくらい)訊かれたことがないのですが,言うつもりの答えは長いこと変わっていません。
 
それは「質問ははぐらかして,良い授業が出来るよう頑張る」
です。
きちんと答えているわけではないので,少しずるい解答かもしれません。
「はぐらかす」と言うのは例えば
「うーん,なんでだろうねー」とか「なんでそんな悲しいこと言うの?」「出来るに越したことないと思わない?」等々。のらりくらりと。
 
 
なぜそんな誠意のなさそうな対応をするかというと,中途半端に答えると余計生徒が英語嫌いになる気がするからです。
 
英語が好きな生徒が英語を勉強する理由はきっと「英語が好きだから」もしくは「将来就きたい仕事で必要だから」くらいではないでしょうか。反対に英語が嫌いな生徒は英語を勉強する理由がないから,「なんで英語なんかしなくちゃいけないの?」という質問に至ってしまうのだと思います。
 
そこに向き合って「いや、でも英語が出来た方がいいよ!世界広がるし!楽しいよ!」と言うのは教師の押し付けな気がします。英語教師が言うと特に。自分が英語好きだったからとは言え,その価値観を押しつけたくはありません。
 
そもそも英語が嫌いな生徒に「英語ができたら将来の選択の幅が広がるよ」「外国の人とコミュニケーションとれるよ」などと言っても,その言葉は魅力的に聞こえるのでしょうか?
 
私自身は中高時代数学が本当に苦手で,嫌いでした。先生に聞いたことこそありませんが、「なんで数学なんてしなきゃいけないの?」とは思っていました。例えば私がその質問を先生にして、「計算の力をつけておくと将来役に立つよ」や「合理的に物事を考える力がつくよ」と回答されて、私は数学が好きになれたのでしょうか?それよりも、わかって楽しい授業をしてくれた方が、結果的には数学に対していい印象を持てる気がします。
 
だからこそ2つ目の「いい授業をする」が大切だと思うのです。
「いい授業」ってなんでしょう?
楽しい授業?生徒がたくさん英語を使う授業?テストでいい点が取れる授業?
答えは人それぞれ、クラスそれぞれだと思います。
要は生徒に「なんで英語なんて勉強しかいとだめなの?」と思わせないような工夫が必要なのではないでしょうか。ゲーム性を取り入れるなり,洋楽を使うなり,方法はたくさんあると思います。「英語(の授業)楽しいかも?」と思わせられるよう,日々努力したいです。
なので「ずるいな」とは思いつつ,「はぐらかして,良い授業ができるよう頑張る」というのが私なりの質問への解答です。
そんなことを偉そうに書いている私自身,授業でもテストでも悩みまくりへこみまくりなのですが,考えをまとめるために書かせていただきました。参加されている他の皆さんの記事を読んで,自分なりの考えを深めたいと思います。
最後になりましたが,このような機会を与えてくださったanfieldroad先生,本当にありがとうございます♪
受験が近づき,クラスの雰囲気に今まで以上に敏感になっています。しなやかにしたたかに,自分なりの方法を模索していきます。
お読みくださった方,ありがとうございました。
それでは*゜
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「なんで英語なんて勉強するの?」と訊かれたら[みんなで英語教育第5回]」への1件のフィードバック

  1. 「なんで英語なんか勉強しなくちゃいけないんですか?」という質問をされたら、、「君はなぜそんな質問をするの?」と私なら問いかけますね。そういう質問をするに至った動機が知りたくなります。その次に「君ならどう答えるのか?」と生徒に自分の意見を言わせたくなりますね。ただ質問させておくのは良くないと思うからです。もちろん教師はその質問にある程度答えなくてはいけないでしょうが、質問した生徒もこちらの質問に答える義務があると思います。何でも質問すれば答えてくれると生徒は教師に過度な期待を持つものです。時には不親切に、「まずは自分でよく考えなさい。それでもわからないならもう一度質問しなさい」と突き放します。そうでないと、いつまでたっても自分で物事を考えることができませんから。

    このような質問は英語に限ったことではないですね。勉強自体、なぜしなければいけないと生徒は言い出かねません。「学びからの逃避」という言葉を最近耳にしますから。時代の流れでしょうか、一昔前ならこのような質問が生徒から出るなど想像も付きませんでした。勉強して頑張ればある程度の生活水準は保障されましたが、今はそうでもありません。また勉強しなくても職業訓練を受けなくても働かなくても、実家にいればそれなりに衣食住に困りません。親が面倒を見てくれます。結局、昔ほど勉強する意義を見出せなくなっているということですね。だから、ますます学校教育は難題を抱え込むわけです。

    「なんで英語なんかしなくちゃいけないの?」という質問ですが、まともに答えようとすると実に難しい質問ですね。必要になるかもしれないとか、外国人とコミュニケーションが取れるようになるとか、いろいろと将来的なことを言っても、生徒は実感が持てないでしょう。だから、英語を最低限勉強しないと進級も卒業もできないと現実的なことをまず言いますね。あとは授業を通じてできるだけ言葉の面白さ(日本語と英語)を伝えようとします。それでも嫌いを好きにするのは難しいでしょう。せめて好きを嫌いにさせないように努力しています。

    教員になって5年目だったと思いますが、ある女子生徒から「英語は嫌いだったけど、先生の授業は好きでした」と言われ,その言葉を励みに今まで教えてきました。学校教育における英語の授業は、英語を通じて何かを教えることだと思います。その何かとは、極論すれば、教える側の人生そのものかもしれません。

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